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32bit float録音で和楽器「箏」の音色を引き出す

箏の演奏とレコーディング風景

2022年9月上旬、横浜市にある「久良岐能舞台(くらきのうぶたい)」にて「Portacapture X8 in Session」の第一回目の収録が行われた。
収録内容は和楽器の箏(こと)の演奏。
広いダイナミックレンジの収録に定評のある32bit float録音対応のPortacapture X8で、どのように録音されたかをお伝えしたい。

Portacapture X8 in Session
8トラックハンドヘルドレコーダー『Portacapture X8』の付属マイクのみを使用し、この1台でどれだけの音を捉え、伝えられるかをコンセプトに、様々な楽器の音を様々な場所とその風景も交えてキャプチャーしていくシリーズ企画。
第一弾として日本で和楽器の収録を実施。今後アメリカ、ヨーロッパでの収録を予定。

 

箏について

今回収録するのは十三絃の箏。さらにダイナミックレンジの広い十七絃箏は、現代曲で演奏される事が多いという。
ちなみに「箏」と「琴」はどちらも「こと」と読むが異なる楽器を指すとの事。箏には胴の上に立てられた柱(じ)を可動させる事で調弦を自由に変えられるが琴は可動する柱が無い和楽器を指すようだ。

 

箏のセッティングが始まる。柱を竜甲(胴の上面)に設置し調整しながらのチューニングと試奏が始まった。箏特有の繊細かつ芯のある音が室内に響く。

今回の収録では、椅子に座って演奏(立奏)するため、箏を置くための「立奏台」を能舞台上に設置する。
録音を担当するレコーディングエンジニアの齋藤さんに話を伺うと今回使用する立奏台は、箏の裏にある2つの音穴(いんけつ)と呼ばれるギターで言うところのサウンドホールのような穴から出る箏の音を、立奏台の反射板で効率的に前方向に出す独奏者向きのタイプとのこと。音穴の高さを60cm上げると音が大きくなるという。立奏台は単なる台ではなく楽器(箏)の一部なのだと実感した。和楽器は奥が深い…。

立奏台の上に箏を置き、セッティングが完了した。

箏と立奏台箏と立奏台
舞台床との間に滑り止めシート設置舞台床との間に滑り止めシート設置。
立奏台と箏を直接固定するタイプもあるそうだ。

 

録音機材とセッティング

Portacapture X8

使用機材は、Portacapture X8。今回は2チャンネルで付属マイクのみを使用し、メイン/サブレコーダーの2台体制で収録した。
レコーダーの実力が試される…。

録音設定は
・使用プリセット…マニュアルモード
・録音フォーマット…32bit float/96kHz

 

メインレコーダー

箏の位置が決まり、試奏が始まるとPortacapture X8のセッティングも開始する。
メインレコーダーは箏と0.5mほど離れた舞台上手側に設置。三脚を使用し箏の上から真ん中の7番目の絃を中心に手元付近をカバーするように距離を取ってマイキング。
齋藤さんによると、マイキングは、撥弦(はつげん)*1の音を音像の中央になるように、また竜尾*2にある音穴からの音を意識したとのこと。
今回、同時収録された映像とのバランスを考慮しメインレコーダーを設置する高さは映像カメラマンと相談し、調整している。
*1 弦楽器で弦を弾いて鳴らすこと
*2 演奏する側とは反対の先端部分

 

サブレコーダー

サブレコーダーは箏の正面から2.5mほど離れた畳上に卓上三脚を使用して立奏台から出る音を下方から狙って設置。カメラの画角に入らない範囲で舞台側にぎりぎりまで寄せている。
メインレコーダーと異なり、楽器音と演奏環境の反射音とのバランスを録音している。
※音源は、最終的にメインレコーダーの音源のみが採用された。

 

室内は窓や換気扇を完全に締め切った状態でも僅かに蝉の声が室内に聞こえてくる。その環境を踏まえた上で、 齋藤さんはなるべく直接音(撥弦音と箏そのものの響き)だけを録音できるように考え、 どちらのマイクもTrue X-Y方式で箏の音を狙っていた。サブレコーダーのGAINは34.5dBに設定されている。
「楽器のマイキングは曲や演奏者、楽器個体さらに環境によっても変わるものであり、とても重要と感じている」 と齋藤さんから貴重な話を伺った。マイキングの固定概念にとらわれず楽器の発音特性を考慮 し、対応していく姿に録音へのこだわりを感じる。楽器の特性を熟知されているゆえに楽器特有のサウンドを自在に録音することができるのであろう。

マイクのセッティング中マイクのセッティング中
舞台の天井高の大空間舞台に上がると天井高の大空間が広がる。

 

すべてのセッティングが完了し、リハーサルが開始される。
収録中の遮音への配慮も必要な為、能舞台建物へ出入りする一般客の方や、館内の関係者の方々のご協力もいただいた。

 

演奏曲

演奏される曲は箏曲の「乱輪舌(みだれりんぜつ)」。原曲は10分を超える箏曲だが、今回の収録用に演奏者の森さんに3分程度へ編曲いただいた。
3分間の中に構成される抑揚や間、中盤の盛り上がりもあり集中力と緊張感が伝わってくる。

箏の演奏風景

 

収録本番

いよいよ本番の収録がスタートした。テイク1の終了時に問題が発覚。マイクに室内を飛ぶ蠅の音が入ってしまう。演奏者の集中力への影響や、同時に収録されていた映像にも映り込んでしまう為、一時中断して蠅の駆除が度々行われた。
最終的に計5テイクの演奏いただき、演奏収録が無事終了。

テイクのチェック中テイクのチェック中
舞台の天井高の大空間今回は動画も同時収録。舞台上の照明が調整され、舞台が照明に当てられると厳粛な雰囲気も相まって迫力が増す。

 

収録を終えて

今回の収録では、録音と同時に動画撮影が行われたため、録音セッティング後の本番中はモニターしないスタイルで録音が行われた。こういった収録時の不安要素を少しでも軽減する手段としてDual ADCと32bit floatに対応し、音声の解像度を維持することができるPortacapture X8は、有効な1台ではないだろうか。
ともあれPortacapture X8の付属マイクだけで録る音の良さをお伝えすべく行われた今回の収録、実際の収録音源を是非お聴きください。

 

プロフィール

録音エンジニア

齋藤 峻(さいとう しゅん)さん

東京藝術大学 音楽環境創造科卒業。在学中、カナダ Banff Centre Audio Engineer Work Study に参加。帰国後、同大学大学院において「箏」をテーマに修士、博士号を取得。現在は主にコンサートホールでの音楽録音を行う他、大学院にて楽器とマイクロホンの研究、後進の育成に努める。

 

箏演奏家

森 梓紗(もり あずさ)さん

東京藝術大学邦楽科 現代箏曲専攻を一期生として卒業し、現在音楽研究科修士課程に在籍。舞台は古典に限らず委嘱初演の機会を通して新しい音楽を発信している。2020年には十七絃箏コンチェルト《Nurse Log》(冷水乃栄流作曲)を世界初演。沢井箏曲院教師。

森 梓紗さんHP
https://www.azusaokoto.com/

 

久良岐能舞台

今回、収録で使用させていただいた久良岐能舞台は、京急・上大岡駅から車で10分ほど坂道を上った閑静な住宅地の奥にひっそりと在る。入口の門をくぐると趣のある日本庭園が広がり、小鳥のさえずりや、この時期は蝉が季節感のある声を奏でる。

久良岐能舞台 入口の門久良岐能舞台 入口の門
裏庭には趣のある音を奏でる水琴窟裏庭には趣のある音を奏でる水琴窟

 

久良岐能舞台は1917年に東京・日比谷に建てられたものを1965年に移築・復元され、1984年に能楽愛好家の宮越賢治氏から横浜市に寄贈された由緒ある能舞台。
建物の玄関正面にある分厚い引き戸を挟んだすぐ向こう側は、見所と呼ばれる52畳の客席、その向こうには立派な老松が描かれた4.54m×4.56mの能舞台が位置する。

久良岐能舞台 建物入口久良岐能舞台 建物入口
久良岐能舞台 受付入口に入ると受付横には能面や演目の写真が飾られている。

 

能舞台能舞台
能舞台入口で出迎える虎之助能舞台入口で出迎える虎之助

 

※参考文献:
・国際交流基金日中21世紀交流事業.「和楽器「箏」レクチャー&デモンストレーション(中国ふれあいの場オンライン日本文化セミナー)」https://www.youtube.com/watch?v=lkCi2DWofEs&t=481s,(2022年9月16日取得)
・「施設紹介│久良岐能舞台」.久良岐能舞台.https://www.kuraki-noh.jp/house.html,(2022年9月16日参照)
・「お箏の部品の名称を知ろう」. 箏曲演奏家 福田恭子. https://yasuko-fukuda.com/learning/name-of-koto-parts/,(2022年10月13日参照)
・白砂,中村「箏の立奏台に関する研究 ―反射板取付の効果― 」東京芸術大学音楽学部年誌, Vol.2, 1975, p 63 - p 97

 


 

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